〈体験談〉わかってしまうことの苦しさ
そして何より、視えてしまうことのなかには、痛みをともなうものも多くありました。
人の死を知る夢。
家族や知人の中に、消えていくような灯火を感じる時。
何かに呼ばれてしまうような場所。
それを伝える責任と、伝えなかった後悔。
そのどちらも、心をすり減らす体験でした。
人より少しだけ感受性が強いだけで、「わかってしまう」ことがあります。
たとえば人の嘘や、ごまかし。
顔では笑っていても、心が泣いていることが伝わってきたり、
なにげない一言に込められた嫉妬や怒り、
あるいは、「近いうちに何かが起こる」としか言えないような、重たい気配のようなもの。
そんなものを、感じたくて感じているわけではないのに、勝手に流れ込んでくることがあるのです。
私は長い間、そのことに悩みました。
「これを人に伝えていいのか」
「私の感覚は間違っていないか」
そうした内なる葛藤が、いつもついてまわっていたからです。
〈解説〉エンパス・HSP・スピリチュアル・リテラシー
心理学では、他人の感情や空気を強く受け取りすぎてしまう人を、
- HSP(Highly Sensitive Person)
- エンパス(Empath)
と呼ぶことがあります。
霊能の文脈で語られる「共感力の高い人」は、このエンパス的な特徴と重なる部分が多いと言われています。
霊能者(スピリチュアル・リーダー)としての感覚が育ってくると、
・何が「視える」か
・それを「どう扱うか」
・どこまで「伝えてよいか」
という倫理と判断が、とても重要になってきます。
これを私は、
「スピリチュアル・リテラシー」
と呼びたいと思っています。
- 感覚を万能視しない
- 自分の解釈と「事実」を混同しない
- 相手の人生の選択権を奪わない
こうした姿勢が、「視える人ほど」必要になるのだと、体験を通して感じてきました。
