――予知夢と“呼び寄せる力”の狭間で
誰かが亡くなる夢を見る――。
それは、一見すると不吉な予感のように感じられるかもしれません。
けれど、ある時期から私の夢の中に、それがあらわれるようになりました。
それは、ただの象徴的な夢ではありませんでした。
夢の中で亡くなっていたのは、ある知人のお身内の方。
その夢を見てから7日後、その方の訃報が現実のものとして届くのです。
最初は偶然かと思っていたけれど、何度も繰り返されるうちに私は数を数えるようになりました。
「また、7日後に何かが起きるかもしれない」――そんな予感に息をひそめる日々が始まりました。
その感覚は、“誰かの死を知らせるサイン”というよりも、
まるで未来を先取りして受け取ってしまったような感覚。
伝えることもできず、ただひとりで受け止めるしかない現実。
後に知ったのは、こうした感覚は「予知夢(Precognitive Dream)」と呼ばれるものであり、
同時に、亡くなる前の“念”や“情報”を**クレアコグニザンス(Claircognizance:理由なくわかってしまう直観知)**や、**クレアセンシェンス(Clairsentience:身体や感情で感じ取る感覚)**でキャッチしてしまっていた可能性があるということ。
また、ある霊能書には、そうした力を「呼び寄せる力(デス・コーリング)」と名付けていたものもありました。
私にはそれが呼び寄せてしまっているのか、それとも先に知っているだけなのか、わからないまま、ただ静かにその知らせを受け取る日々でした。
このように、“わかってしまうこと”は、必ずしも幸せとは限らないのです。
だからこそ、感覚を扱う人には、「どの情報を受け取るのか」「どう伝えるのか」という選択と覚悟が求められると、私は強く思っています。
